【前置き】
どうも、虫虎です。今回は「不変のもの」に関することを考えました。宜しくお願いします。
【移ろいゆくことと不変のもの】
自然、季節、時間、物質など多くのものは移ろいゆきます。人も同様で、姿、考え方、気持ち、価値観が変わりゆきます。良い方向であれ、悪い方向であれ、「変わりゆく」というのは自然の理であると思います。無常感ですね。
その中でも移ろいゆくものの反対に位置するものとして不変のものもあると思います。例えば、映画、ドラマ、アニメ、ゲーム、本、音楽などの内容は変わらないものです。そんな移ろいゆくことと不変のものについて考察してみます。
【人間関係だけに癒しを求めるのは危険】
移ろいゆくことの代表として人の気持ちや考え方を挙げることができます。人とのコミュニケーションを通して、楽しさや面白さ、癒しや充実感を求めることは、とても良いことでより良い人生を歩む上で重要なことであると感じます。しかし、人はその日時々の気分や状況で態度や受け答えも変わるものであります。人間関係や恋愛で人に依存しすぎて辛い状況に陥ってしまうという話はよく聞く話であります。人間関係だけに価値を見いだすことは少し危険な面もあるのではないかと僕は考えました。
【不変のもの価値を見いだす】
そこで、何か不変のものから楽しさや面白さ、癒しや充実感を得られるようにしていれば楽に生きれるのではないかと僕は考えました。独りで楽しめることや時間を持つことは大切なことであると思います。それは変わることのない自分の癒しの道具となり得る。
【自分の価値観は変わる】
しかし、自分の価値観は変わります。不変のものであっても、自分の価値観が変わってしまった時、感じ方は変わってきてしまいます。例えば、クリアして遊び尽くしたゲーム、読み終わって感動し終えた物語、聴き込みすぎた音楽には自分の感じ方も変わる。しかし、敢えてそういった自分の中の変化も楽しんで感じれたらいいと思います。消費したコンテンツを懐かしみながら再度消費するのもまた一興だと思います。不変のものから新たな楽しみを見つけるのも楽しいはずだと僕は感じます。
【まとめ】
移ろいゆくことである人間関係にだけに何かを求めるのではなくて、ゲームや本や音楽などの不変のものにも癒しを得ることのできる精神を持つ。自分の内面に幸せを感じることができるようになる。そうすると、自分という感情や意思をしっかり保てると僕は考える。
人はうつろうものだから
(「I' m waiting 4 you この冬の白さに」より)