【僕】
「朝ごはん食べてしまいなさいね」
お母さんがいつものように声をかけてきた。
「うん」
僕は眠たい目をしばたきながら、いつもの朝ごはんを食べ始める。この空間ではテレビのニュースキャスターだけが誰に語りかけるわけでもなく話続けている。
「ごちそうさまー」
姉ちゃんが立ち上がって去って行った。それにつられてかお母さんも台所の方へ戻っていった。
残ったのは僕とお父さんだけだ。
なんでだろう。二人きりになると居心地が悪いや。いや、別に嫌いというわけではないのだけれども、いつからか堅物で無口なお父さんになんて話しかければいいのか分からなくなってしまっていた。
僕は何も言わず立ち上がり居間を去った。
【正雄】
子どもたちとどう接したら良いものか。子どもたちとの距離の取り方が分からない。
正雄の悩みの大半はこれだった。
私はお喋りではない、所謂堅物の部類に入るのだろう。
もう少し子どもたちが小さい頃は無邪気に私に近づいて来てくれたものだが、娘は高校生、息子は中学生となった今では、近寄ってくることはなくなった。
沈黙の朝ごはんの後、通勤中の電車の中で、正雄はいつもそんなことを考え込んでいた。
【僕②】
ある日のこと、僕が学校から帰ってくると、玄関に茶白の猫がいた。
色は茶色で少し薄汚れていた。僕が近づいていっても逃げることなく物怖じしない様子で座っていた。
(お母さんに聞いてみよう)
僕はそう考えて、家の中に入った。
「ただいま、玄関に猫がいるけど?」
「あら、まだあの子いるの」
お母さんは驚いた様子だった。
「朝にね、玄関の前に物欲しそうにしてたから、お魚をあげたのよ」
「味をしめちゃったのかしらね」
そう言いつつお母さんは冷蔵庫を開けて何か探しだした。冷蔵庫にカニかまを見つけて、それをお皿にのせて持っていった。
僕もついていった。
玄関の前に鎮座していた茶白の猫はか細い声で「あう」と鳴いて、身体を持ち上げた。
「あらあら、ずっと待っていたのね」
お母さんがカニかまののったお皿を置くと、茶白の猫はさもいつももらっているかのように、食べ始めた。お母さんが茶白の猫を撫でながら呟いた。
「どうしようかしらね」
僕には、お母さんがこの猫に愛着が沸いて飼いたくなったんだいうことが分かった。
「お父さんが何て言うかだね」
僕が言うと、お母さんは溜め息をついた。
「そうなのよねぇ」
聞こえているのか、聞こえていないのか。餌をもらえたらこちらのことなんて、気にも留めずにマイペースにカニかまを貪り続ける茶白の猫になんだかのんびりした暖かさを僕は感じた。
【正雄②】
玄関に着くと、猫がいるなと正雄は気づいた。なんでこんなところにいるのかと不思議に思いつつもそのまま家の中へ入った。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい」
いつもの母さんの声がした。
「遅かったわねー。もう皆で食べちゃいましたよ」
最近は晩御飯は一人で食べることが多い。
子ども達はそれぞれ自分たちの部屋にいるのだろう。子どもの成長というものは、嬉しい反面、悲しいな。
晩酌を一人でしながら、そんなことを考える。
次の日の朝、玄関の扉を開けると昨日の猫がいて驚いた。
(一晩中いたのか)
正雄は猫の頭を撫でてやってから、会社へ向かった。