【僕③】
僕が学校から帰ってくると、茶白の猫はそこにいた。もうここを陣取っている。
「ただいま」
僕が頭を撫でると、小さく「あう」と鳴いた。しばらく頭を撫でて観察していると、突然玄関の扉が開いた。
「あら、帰ってたの?」
お母さんだ。
「うん、何持ってるの?」
「キャットフードよ」
ふふっとお母さんは笑いながら答えた。
「もう飼う気じゃん」
僕は思わず笑ってしまった。僕とお母さんが話していると、茶白の猫は再び「あう」と鳴いた。
「あっごめんね、欲しかったのね」
キャットフードを置くと、美味しそうに貪り始めた。
一心不乱にキャットフードを食べている姿が愛しかった。
【正雄③】
(またあの猫がいる。)
正雄は思った。と同時に「あう」と鳴かれた。 正雄の顔に少し笑みが浮かんだ。そして、頭の中に疑問が浮かんだ。
(なんでずっとここにいるんだ?)
(もしかして、母さんが餌付けしたんじゃないか)
きっとそうだと正雄は確信した。だから、この猫はここに居座っているのだ。正雄は玄関の扉を開けた。
「あら、おかえりなさい」
母さんのいつもの声が聞こえた。
「玄関に昨日から猫がいるんだが」
「そーなのよね、餌をあげたら居座っちゃってね」
「どうするんだ?」
「うちに入れていい?」
「猫をうちに入れるのか?」
正雄は自分でも驚く程不機嫌な声を出してしまっていた。あの猫に申し訳ない気持ちになってしまったが、それ以上何も言えなかった。
【僕④】
今日もちゃんといてくれた。
「ただいま」
僕は昨日と同じように頭を撫でる。茶白の猫は僕のことを大きな瞳で見つめて「あう」と鳴いた。
「君はうちの中に入りたい?」
その問いは分からないのか、撫でられて気持ちのいいのか、喉をごろごろと鳴らしてる。
「これから暑くなってくるし、雨なんかが降ったら大変だからさ、僕がお父さんに頼んでみるよ」
茶白の猫は僕の手を舐めた。猫の舌ってざらざらしてるんだなぁ。少しこそばかったけど気持ち良かった。
【正雄④】
玄関には茶白の猫がいる。猫は正雄に目をやると、「あう」と鳴いた。正雄は屈んで猫の頭を撫でた。
「あら、おかえりなさい」
家の中に入ると母さんの声がした。昨日のことで語気が冷たく感じた。隠しているつもりだろうけど、心の中では怒っているのだろうことが分かった。
居間に入ると、息子の光一がいたので少し驚いた。この時間はいつも自分の部屋にいるのにどうしたのだろうか。
「ただいま」
「おかえりなさい」
息子はテレビの方を向いたまま答えた。
着替え終わると、母さんがいつものように晩御飯を並べていた。何も喋らない光一に違和感を感じて少し居心地の悪さを正雄は感じた。
「学校の方はどうだ?」
「何も変わりないよ」
「………」
突然、光一はこちらに向き直った。
「あのさ、猫飼いたいんだけど」
ああ、そういうことか。それを頼むために待っていたのか。
「あの玄関の猫のことだろう」
何故だか、ぶっきらぼうな声音で喋ってしまう。あの茶白の猫が嫌いなわけではない。ずっと玄関に居座らさせるのも心苦しく感じていた。ただ、何故だろうか。あの猫がくると自分の居場所はさらになくなってしまうのではないか。そんな女々しい思考がよぎっていた。
「お願いします」
そんなことを思っていると、光一は頭を下げた。私はいつぶりかの息子の頼みを断ることなどできなかった。
「好きにするといい」
「やったー!」
台所で聞き耳をたてていた母さんがいの一番にはしゃいだ。