【僕⑤】
意外だった。あの頑固なお父さんがいいって言ってくれるなんて。頭ごなしに否定されるものと身構えていた僕は拍子抜けしていた。
「じゃあ、今から入れてあげましょう」
それまでじっと僕たちのこと黙って伺っていたお母さんだけど、お父さんの了承を得ると嬉々として動き出した。僕も玄関へ向かった。お父さんは何を考えているんだろうか。本当にいいのだろうか。
玄関の扉を開けると、やっぱり茶白の猫がいる。
「あなた、うちの子になる?」
「入ってきていいのよ」
おかあさんが手招きの動作をすると、茶白の猫はあたかも自分の家だと言わんばかりの動きですっと入っていった。
「こんな躊躇いなくはいるものなんだ」
僕が呆気にとられながら言う。
「まあ」
僕とお母さんは顔を見合わせて笑った。
「うちの子になりたかったのね」
僕とお母さんが騒がしくしていたので、姉ちゃんが降りてきた。
「お父さん、いいって言ったんだ」
「いいところに来た。今からお風呂入れるから手伝って」
お母さんが茶白の猫をひょいと捕まえて言った。
「猫ってお風呂嫌いなんじゃないの?」
姉ちゃんが聞いていた。
「でも、ずっと外にいたから汚れているよ」
僕が口を挟んだ。
茶白の猫はやっぱりお風呂は嫌みたいだった。暴れまわるほどではなかったけど、嫌そうに何度も「あう」とか細い声で鳴き続けた。
「はーい、気持ちいいよー」
「もうちょっとだからねー」
お母さんが手際よく石鹸で洗っていった。濡れた猫はか細かった。野良猫だからご飯沢山は食べれてなかったんだ。僕はちょっと驚いてしまった。
【僕⑥】
「この子はどこで寝るのかな」
僕は二人に聞いてみた。
「どうしようかしらね、2階でお母さんと寝る?」
お母さんが茶白の猫の方を見やると、「あう」と鳴いた。
「私のところで寝るって」
お母さんは嬉しそうに言った。
「でも、お父さんいるじゃん」
姉ちゃんが心配そうに言う。
「大丈夫よ、ここまで来たら、ね、光一、お父さんにお願いしくれてありがとね」
「へぇ、あんたお父さんにお願いしたんだ」
姉ちゃんが意外だというような顔で言った。
茶白の猫がまた鳴いた。
「ほら、この子もありがとうだってさ」
僕はなんだか誇らしくなって嬉しかった。
【僕⑦】
「名前決めようよ」
姉ちゃんが急に思いついたように言った。
「あうちゃん」
僕が反射的にそう言った。言った後に自分で驚いて恥ずかしさを感じた。
「いいわねー、あうちゃん、この子にぴったりの名前だわ」
「そうね、あんたセンスいいじゃん」
お母さんと姉ちゃんは気に入ってくれたみたいだった。僕があうちゃんの方を向いてみると、聞いているのか、床に座って前脚で器用に耳の裏を掻いていた。
「名前、あうにするよ」
この子の名付け親は僕だ。なんだか暖かい気持ちになった。
【正雄⑤】
階段登ってくる母さんの足音は分かる。戸が開いて母さんが入ってきた。
「私の布団で寝ましょうね」
「ここで寝るのか」
正雄は聞いてみた。
「あら、ごめんなさい、起こしちゃった?」
母さんは驚いた様子で言葉を続けた。
「あなた、ありがとね」
正雄は「ん」とだけ音を発した。しばらくすると、あの猫の吐息が聞こえてきた。なんだか正雄は安心して眠りについた。