【僕⑧】
僕が居間に降りると、あうはいた。
「おはよう、あうはどうだった?」
僕はお母さんに尋ねてみた。
「私の布団の中でぐっすり寝てたわよ」
「へぇー、そんなんだ」
後ろに気配を感じたので振り返ってみると、姉ちゃんがいた。
「おはよう、あうちゃん」
姉ちゃんもなんか嬉しそうだ。なんだか家の空気が変わったなぁ。いつものように朝御飯を食べる場所につくと、お父さんが新聞を広げていた。けど、ここにはぎこちないいつものひんやりした空気があった。お父さんはさっきの会話を聞いているのかどうか、ずっと新聞に視線を落としている。そして、いつもと同じようにテレビのニュースキャスターだけが、こちらの雰囲気なんてお構いなしにひたすら喋り続けている。そこにテレビのニュースキャスターと同じくこの場の空気を気にしない強者が現れた。
茶白の猫はまるでいつもそうしているかのように、音もなく歩いていって、新聞を広げて座っているお父さんのところにひょいと乗った。
えっ。
その瞬間、思いもしない出来事だったから僕と姉ちゃんは笑ってしまった。
「お父さんとこ乗ったね」
「うん、ははっ」
その声を聞きつけてお母さんも台所からやって来た。
「あら、あうちゃんお父さんところが気に入ったの」
「そこがあうちゃんの定位置なのかな」
何もいわなかったけど、お父さんの口元が笑っているのが見えてたのが意外に思えた。
【正雄⑥】
帰りの電車で正雄は今朝のことを思い返していた。冷たい空気の中に優しくて小さな太陽が転がり込んできたような感じだ。その太陽がその場の温度を上げてくれた。家に着くと、正雄のことを気にも留めずに寛ぐ茶白の猫がいた。その姿を見ると、とてもまったりとした気分なった。着替えを済ませていつもの場所に座ると、いつもの行動かのようにあうちゃんは起き上がって正雄の膝の上に乗った。
(来てくれたか)
正雄は心が暖かくなるのを感じた。
普段、何故かぶっきらぼうな態度を周りにとってしまう正雄に寄り添ってくれる存在はいなかったから嬉しいのかもしれない。
「あら、やっぱりお父さんの膝が好きなのね」
母さんの声がした。誰かに寄り添われるってこんなに暖かなものなのだな。正雄はそう思った。
【僕⑨】
朝起きて、いつものように居間の定位置に僕は座る。今日は心地好い気候だなぁと感じた。お父さんがもう座っている。そして、膝の上には昨日の朝のようにあうちゃんが座っている。心なしかお父さんの表情が柔らかく見えたのは気のせいかな。
「おはよう、あうちゃん、そこが定位置になったね」
話しかけてから、自分が久しぶりにお父さんに自然に話しかけたことに気づいた。
「そうだな」
お父さんはあうちゃんを撫でながら言った。
「あうちゃんの特等席ねー」
お母さんが台所から声をかけてきた。
「おはようー」
ちょうど、姉ちゃんが降りてきた。
「あうちゃん、お父さんの膝の上が気に入ったんだね」
姉ちゃんも自然に話しかけている気がした。
「そうだな」
「鮭も食べるんだぞ」
お父さんが朝御飯の鮭をあうちゃんに分け与えた。
「キャットフードよりお魚の方がいいわよねー」
お母さんが朗らかに言う。お父さん、あうちゃんのこと気に入ってくれてるんだ。僕は安心した。
「お父さんたら、自分が食べる分全然ないじゃない」
お母さんが突っ込むと皆で笑いが起こった。部屋の中に心地好い風が吹いたような気がした。
皆で笑ったのなんていつぶりかな。
【正雄⑦】
久しぶりに和やかな食卓になったな。正雄は会社へ向かう電車の中で嬉しい気持ちになっていた。なんとなく、正雄はあうちゃんが家族になることで自分の存在感が薄れて居場所がなくなってしまうのではないかと思っていた。
けど、現実は違った。
あうちゃんがうちの中に入ることであんな暖かな空気になるなんてな。
あうちゃんの力は凄いな。