ランニング好きライトゲーマー虫虎(小説家志望)の日記

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アドラー心理学「人は変われるのか」

【前置き】

どうも、虫虎です。今回は、アドラー心理学の視点から人は変わることができるのかという命題について考えます。宜しくお願いします。

 

【人は変わることができる】

アドラー博士は、人は変わることができると提唱しています。

 

過去の経験や今の環境に影響は受けるけれども、実はそれとは関係なしに人は変わることができると仰っています。

 

しかし、人は変わりたいと願いながらも変われずにいる。それは何故かというと、多少の不平不満はあれど、今のままの自分でいた方が安心だし楽だからです。だから、知らず知らずのうちに心のどこかで自分自身で変わらないという決断を下してしまっているのです。

 

だから、アドラー心理学的には過去の経験や今の環境に関係なく、人が変わることはできるといわれています。

 

【変わることで起こる事が恐い】

過去の経験や今の環境は関係なく人は変わることができるとはいえ、それが自分自身に大きな影響を与えているのは事実です。その影響が自分に変わらないという決断を下させているのです。だから、心の何処かで変わりたいと思っててもブレーキがかかって変われないのです。

 

暗い世界観の人が急に明るく振る舞おうとした場合、周りからどんな反応があるか分からなくて不安だし、これからの自分の未来がどうなるのかの予測もつかないので、恐いという感情が生まれます。

 

確かに、いつもの暗い自分として振る舞っていた人が、急に明るくなる場合、他者からの反応やこれから起こることの予測がしにくくて変わりにくいなとイメージできます。

 

だから、憧れの未来や理想の自分像をもってはいるんだけど、変化が恐くて変われないというわけです。

 

【厳しさの中に希望が見える】

人は変われるんだけど、過去の経験などに影響を受けて変わらないという決断を自然と下している。

 

変われるのに変わらないでいるのは自分自身の責任なのだと厳しめの事をアドラー博士は仰ります。

 

一見「変われない言い訳するなよ」と突っぱねられているようだけれども、受け取り方を変えてみれば、「自分はどうにかしたら変わることができるんだよ」という希望を与えてくれているともとれます。

 

100%変われない自分に絶望するのではなくて、変わることは自分次第でできるんだと希望を見えるこの価値観がやっぱりいいなと僕は思いました。

 

【少しずつ変わっていく】

アドラー心理学では人は変われると提唱している。

 

変われないのは、本音の部分で恐くて変わりたくないと考えてしまっているからだということを学びました。この無意識を知っているだけでも大きな変化だと僕は思います。

 

そうか。私は恐怖でブレーキがかかってしまってて、変わることができないんだということを理解する。それが、変わための第一段階だと僕は考えます。

 

あとは、自分次第です。

 

恐怖を乗り越えて変わろうという強い意思を使って、変わっていけばいいだけです。

 

恐かったら一気に変わる必要もないです。少しずつでも色んな過去の影響や現在の環境を乗り越えていってよい方向へ変わることを望み、実践していけば、いずれは一皮も二皮もむけることとなるはずです。

 

そして、人生はよりよいものになるのではないだろうかと僕は感じました。

 

【まとめ】

人は変われる。ただ、恐くて変わらないという決断を下しているだけだ。その事を知るだけでも変わる準備が一歩進んだという喜ばしい事であると僕は思います。

これまでの人生になにがあったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない

(「嫌われる勇気」より)