ランニング好きライトゲーマー虫虎(小説家志望)の日記

ゲーム、ランニング、文章書き、読書、昆虫、子育て、オナ禁、映画、人間関係、音楽、僕が考えていることなどを書いている雑記ブログ

スーパーランニングマン物語

【第1夜】

とんとんとドアを叩く音がした。

「秋ちゃん、お父さんが呼んでるわ。降りてきてちょうだい」

母の春香の声が聞こえた。

「………うん、わかった」

秋人はため息をついた。恐らくは、学期末テストの結果の話だろうと予想がついたからだ。

リビングに降りると、テレビで野球中継を見ながら夏樹が座っていた。

「………父さん、何?」秋人は父と向かい合わせの席に腰掛けた。

「秋人、俺が呼んだ理由は分かるか?」

「テストのこと?」

「そうだ、今の成績のままでは高校受験、上手くいかないぞ」夏樹は厳しい口調で告げた。

「うん、まあ」

「受験は、忍耐がいる。いつもみたいに飽きたから辞めるなんてことはまかり通らないんだからな」

「分かったよ。頑張るって。話それだけだよね?」秋人は語気を強めて言い放ち、すぐに席を離れて自室に戻っていった。

リビングに訪れた暫しの沈黙。

「ふぅ」夏樹は残ってたビールを飲み干す。台所で夕飯の後片付けをしていた春香がビールを注ぎにきた。

「あの子、心根はいい子なんだけどね。すぐに何でも飽きちゃうところがねぇ」

「その、すぐに飽きちゃうのがまずいんだろう」夏樹はぶっきらぼうに言う。

「まあ、そうなんだけどね」春香は口ごもる。

「中学に入る前だって、水泳辞めてでもあれだけやりたいことを懇願してきたテニスだって、半年で辞めてしまってるじゃないか」

「えぇ」

「何か新しいことを始めるチャレンジ精神はいいことだが何も続いてないからな」忍耐が足りんよと夏樹はビールを一気に飲んだ。

自室に入り、秋人は溜息をつく。

「あーあ、なんかいつもやる気でないよなぁ」秋人はそのままベッドに転がり込む。

(熱しやすく冷めやすい)

自分を一言で表すのにこれほど丁度いい言葉はないよなと秋人はふっと笑った。

ぼんやりとそんなことを考えていると、いつの間にか意識を失っていた。

「………おい………おい」

誰かが呼ぶ声がする。

「ん?」秋人は目を覚ます。

次の瞬間、目の前に入った物体に目を瞬かせた。

(………スーパーマンが飛んでる………?)

「えっ!?」秋人はすぐさまベットから飛び退いた。

「すまない、驚かせたようだな、ハハッ」

(は?喋った?)

秋人はぽかんと口を開けたまま硬直してしまった。

(なんで人形が喋って飛んでんの?)

「………おーい、聞いているのか?」スーパーマンの人形が明らかに秋人に話しかけている。

「えっ」

「おっと、自己紹介がまだだったな」と得体のしれない人形が思いついたように言った。

「私の名前はスーパーランニングマンだ」

(は?)

「うむ、世の中の迷える人々にランニングの良さを教え、人生を好転してもらう者だ」

「え?」

「ランニングはいいぞ、ハハッ」

(夢?)

秋人は呆気にとられたまま目の前の人形を見つめる。全長20cm程度で全身青色のタイツ履いたゴツメの顔をした筋肉質の男が赤いマントで飛んでいる。そして、何故だかランニングを勧められている。

「君はどうやら物事を継続できなくて悩んでるようだね」

「え?」

「隠さなくていいぞ、先程、通りかかったときに聞かせてもらったのだ」

スーパーランニングマンと名告る男は胸筋を張って言う。

「だったら、ランニングなのだ」

秋人の脳は目の前の出来事をうけとめることができずに固まってしまった。

その時、ドアをノックする音が聞こえて秋人は飛び上がってしまった。

「秋ちゃん、騒がしいけどどうしたの?」春香がドアを開けた。

「まあ、どうしたの?こんなところに座り込んじゃって?」春香は不思議そうに首を傾ける。

「いや…母さん…あれ」何とかしゃがれ声で音を搾り出すと秋人はスーパーランニングマンを指さした。

「えっ、何?」春香は困惑した表情になった。

「私の姿は君にしか見えないぞ、ハハッ」スーパーランニングマンは腰に両手を当てて仁王立ちになってる。

秋人は信じられず春香に尋ねる。

「今の声聞こえた?」

「何も聞こえないわよ」春香は秋人の寝癖をに見つめて付け加えた。

うたた寝して寝ぼけてるんじゃないの?」春香はふふっと笑った。

「顔洗いなさい」そう言うと春香はリビングへ下りていった。

暫しの沈黙。秋人は口を開いた。

「あの、なんで俺だけに見えるの?」

「何故かって?俺が決めた人の前にだけ現れることのできるランニング王国の精霊だからだ」

「は?」

「君は物事が継続できない性分なのだろう。だったら、ランニングをすればいい、ハハッ」スーパーランニングマンは胸を張って続けた。

「ランニングはいいぞ、走るのは気持ちがいいし、走り続けていくと踏ん張りもつくようになるぞ」

「はぁ」秋人はこの青いタイツの人形に完全に気圧されてしまった。

「では、今から走ろうか」

「え?今から?」

「ジャージは持ってるか?」

「えっまぁ」

「では、走ろうではないか」秋人はスーパーランニングマンと名乗る空飛ぶ人形のペースに完全に飲み込まれてしまってた。

秋人は渋々ジャージに着替えた。

「あら?秋ちゃん、どうしたの?」春香はジャージ姿の息子を見て困惑した顔をした。

「ちょっと、外、走ってくる」

「そうなの?」

「暗くなるから気をつけていけよ」ソファに座り野球中継を見ていた夏樹も背中越しに声をかけた。

「うん」秋人はそそくさと玄関へ向かった。

「突然どうしたのかしらね」秋人がいなくなってから、春香がぽつりと呟いた。

「さあな」

外に出ると、日はもう沈んでいて夜の帳が降りていた。

「さあ、まずは、着の身着のまま走ろうではないか」

「あっはい」秋人はスーパーランニングマンという得体の知れない空飛ぶ人形に恐怖心を抱きながら走り始めた。

秋人はスピードをかなり早めて走った。もしかすると、このスーパーランニングマンという名乗る男を振り切れるかもしれないと思ったからだ。

「はぁ…はぁ…」

しかし、それは無理なことだとすぐに悟った。スーパーランニングマンは、秋人に悠々と空中でランニングしながらついてくるからだ。

「おっ、君、結構早いじゃないか」スーパーランニングマンは満足そうに言った。

「はぁ…はぁ……」走ってると鼓動が早くなり、体の内側から熱くなってきた。

「どうだ、爽快だろう」

「はい、まあ」僕は息も絶え絶え曖昧な返事をしながら、今日6キロ程走っていた。

「気分がすっきりして前向きなるだろう」スーパーランニングマンは満足そうに伸びをする。

「ええ、まあ」確かに涼しい夜に走って汗をかくのって気持ちよかったとは思った。

「また、明日な」

「えっ?」返事もできないままスーパーランニングマンは消えてしまっていた。

(一体、何だったんだ)

秋人は今までのことが夢なのか現実なのかの区別ができなくなってしまった。

 

 

【第2夜】

秋人は晩御飯を食べ終わり、いつものようにテレビゲームをしていた。

「何をしているんだ」

「うわぁ!」秋人は驚いて飛び退いた。

「さ、走るぞ」昨日のスーパーランニングマンだった。

秋人は言われるがままにジャージに着替えた。

「あら、今日も走るの?」ジャージ姿でリビングに下りてきた秋人をみて春香が聞いた。

「うん」秋人はちらりとスーパーランニングマンを見た。母さんには見えていないのだろう。もし仮に見えているなら、大騒ぎするはずだ。

「気をつけてね」

「うん、分かった」秋人は素っ気なく答えると玄関へと向かった。

「さあ、思う存分走ろうではないか、ハハッ」スーパーランニングマンはニカッと白い歯を見せた。

「ん?どうした?」秋人が物言いたげな顔をしているのに気がついてスーパーランニングマンは尋ねた。

「いや、あなた何者かと思ってさ」

「それは昨日説明しただろう」

「ランニング王国の精霊、なんですよね?」

「そうだ、そして、君が悩んでいたから声を掛けたわけだ」

「そう………ですか」

腑に落ちない気持ちと昨日の疲れが残っていたけど、走り出すと、それなりに気持ちが良くなってきた。

「ランニングは走り始めがきついだろう」

「えっ?」秋人の心情を汲んでかスーパーランニングマンは語りかけてきた。

「継続するのは、始めの一歩が大事だ。それは、ランニングでも同じことだ。その重たい始めの一歩が踏み出せるかどうかが継続の肝なんだ」

「はい」確かになと秋人には思った。

「その重い一歩をランニングを通して踏み出す練習を反復すると継続力は高まるぞ」スーパーランニングマンは真面目な顔つきをしていた。

「分かりました」秋人は素直に返事をした。

その日は7キロ走った。

【第3夜】

「おっ今日はジャージを着ているな、ハハッ!」いつものようにスーパーランニングマンは突然現れた。

なんとなく今日も現れるんじゃないかと秋人は予測してジャージに着替えていたのだ。

「まあ、はい」秋人はこの人形がそれほど危険ではないのではないかと少し心を許し始めていた。

「よし、行こうではないか」

「はい」

秋人は今日も走り始める。

「ランニングというのは地味で単調で疲れるだけの運動だ」

「はぁ……はぁ……はい?」秋人はスーパーランニングマンの声に耳を傾ける。

「その地味で単調なランニングを続けることで、物事への粘り強さが身に付くのだ」

「もしかするとだ。今は少し楽しく感じているところもあるかもしれないが、嫌になるときがいつか必ずやってくる。そのときに、踏ん張って一歩を踏み出すことで自分の殻を少しずつ破ることになるのだ」

「分かりました」

秋人はこの日、7キロ走った。

 

 

【第4〜10夜】

それからというもの、秋人はスーパーランニングマンと毎晩走った。

秋人自身の一番の心情としては、ランニングを断ったら面倒なことになりそうな雰囲気がひしひしと伝わってきているから続けてるだった。

けれども、少しずつ、心のどこか奥の方で自分自身を変えたいと思うようになりつつもあった。

そんな十日目の夜のことだった。

「秋人」

「はぁ……はぁ……ん?」

「俺は明日のこの時間はランニング王国の定期ランニング報告会に出ねばならん」

「へっ?定期報告会?」そんなものがあるんだとなんだかおかしさを秋人は感じた。

「だから、明日は久しぶりに休息としようではないか」

「あっ、分かりました」

(明日は来ないんだ)

秋人は内心で喜んだ。

 

 

【第11夜】

翌日の夜となった。

「今日はあいつ来ないんだな」秋人はぽつりと呟きながらゲームのスイッチを入れた。

今日はゲームがなんだか楽しめない。秋人はそわそわした気分になっていた。理由は、なんとなく、分かる。

走ろうか走るまいか迷っているのだ。

別に特段ランニングが好きになったわけではない。でも、スーパーランニングマンの言葉が頭をよぎる。

「継続するのは、始めの一歩が大事だ。それは、ランニングでも同じことだ。その重たい始めの一歩が踏み出せるかどうかが継続の肝なんだ」

(あつい、いないけど走っとくか)

その日、秋人は初めて自分の意志で走ると決め、夜の街へと消えていった。


【第12夜】

翌日の夜は再びスーパーランニングマンが現れた。

「昨日はすまなかったな」開口一番、スーパーランニングマンは謝ってきた。

「いや、全然、昨日も走ったよ」秋人は何気なく答えてみた。

「おっ、そうか」スーパーランニングマンは驚いた顔をした後、満足そうな顔になった。 

「では、今日も走ろうではないか」

そうして、秋人とスーパーランニングマンは今日も走りに出かけた。

「はぁ……はぁ……」

「物事は継続できてこそ、大きな価値を持つものだ。ランニングだってそうだ。ランニングをやめてしまうと、その恩恵は途端に消え失せてしまう。レベルアップした体力や脚力は元より、さらに、継続力も低下してしまうものだ。今での苦労も水の泡と化してしまうわけだ」

「はぁ……はぁ……はい」

「それでは勿体無いだろう。辛いことも多いが続けてるといいことがある。ランニングでいうなら、それが習慣化してくると、重たい始めの一歩が軽くなるし、走るのも楽になってくる。精神コスト少なく走れるようになってくるわけだ」

続けることにはいいことが沢山あるのだぞとスーパーランニングマンは付け加えた。

その日、僕は6キロ走った。

 

 

【第13夜〜28夜】

それから、秋人とスーパーランニングマンは毎日走った。

始めの頃、秋人はスーパーランニングマンという得体の知れない人形に恐怖を抱いていた。走らないとどうなるんだろうという恐怖からランニングを続けていた。

しかし、しばらく接しているうちに、スーパーランニングマンはランニングに絶大な信頼を寄せてはいるもののランニングの強要は始めの数日以外はしてこなくなっていた。

始めは半ば強引に連れて行かれていたが、スーパーランニングマンがランニングの素晴らしさを誇らしそうに語るものだから、秋人は走らずにはいられなくなってきた。

そしてもう一つ、心のどこかに今の自分を変えることができるのではないかという確信を持ちつつあることに秋人は驚いていた。

地味でただしんどいだけの運動であるからこそ、根気良く続けることで物事への粘りがつくことも腑に落ちていた。

何か自分の内側から変わっていってる。そう確信を持ちつつあった。


【第29夜

ランニング開始から29日目のことだった。

「秋人よ」

「はぁ…はぁ…ん?」

「突然だが明日でお別れだ」

「へ?」秋人は驚いて立ち止まってしまった。

「なんで?」

スーパーランニングマンは言いにくげに語り始めた。

「ランニング王国の条約によってな。一人の人についていられる期間というのが定められていてな。まあ、それが30日間なのだ。それ以上に長く人間と接すると情が沸いて離れ難くなってしまうし、影響も大きくなり過ぎてしまうからと言う理由からだ」

「………」秋人はとても残念な気持ちになった。

「だから、俺が手を貸してやれるのも明日で最後なんだ。すまないが、これからは自分の力でランニングを続けていってくれ」

スーパーランニングマンは力を込めて続けた。

「俺からの願いは一つだ。この30日間の出来事をきっかけとして自分の意志でランニングを続けてくれ」

「………」秋人は黙ったまま再び走り始めた。

この日は黙々と10kmも二人は走った。

 

 

【第30夜】

ランニング開始30日目の夜。そして、スーパーランニングマンとの最後の夜。

「よっ!」いつもの時間にスーパーマン風の喋る人形は現れた。もう驚きもしない慣れた出来事だった。

「よぅ」秋人も挨拶する。

「さっ今日も走ろうではないか」

「ねぇ」

「ん?」

「本当に今日が最後なの?」

「まあな」スーパーランニングマンの顔が曇った。

「そっか」

「おいおい、秋人よ、まさか俺がいなくなって走らなくていいんだって実は喜んでるんじゃないだろうな」スーパーランニングマンは明るく振る舞ってみせた。

「そんなわけ無いじゃん」秋人は声を荒らげた。

「………悪い」

「いや」

少し沈黙の後、秋人は口を開いた。

「最後のランニングだからさ。楽しんで走ろうよ」

「そうだな」スーパーランニングマンは頷いた。

黒空には光輝く星々が散りばめられていた。

「あの、ありがとう」秋人は夜空を見上げて言った。

「いや、こちらこそ強引にランニングをさせて悪かったな」スーパーランニングマンも夜空を見上げる。

「俺は嬉しいよ。これほどまでにランニングに付き合ってくれてさ、ハハッ!」

「………俺はランニングを続けるよ」

「そうか、それなら俺はこの上なく嬉しいな」

秋人は決意していた。

ランニングとは不思議なもので、走り始めの一歩は重たいのに走っていくと体の中から熱が込み上げてきて元気ややる気が溢れてくる。勿論、体は次第に疲れてくるのだけれども、精神は満たされる。

何事にも前向きに継続する意志が強くなってくる気がする。

秋人はランニングの効用に取り憑かれていた。

「…はぁ…はぁ…ありがとう」

走り終えて秋人はスーパーランニングマンに礼を言う。

「最後に1つだけ言っておく。秋人よ、お前はランニングを通して人生が好転してくぞ、では!」

最後の言葉を言い放つと、スーパーランニングマンは呆気なく消えてしまった。

(………ありがとう)

 

 

【第31夜〜】

数カ月後。

「行ってきます」ジャージを着た秋人は玄関へ向かっていった。

「あの子、変わったわね」春香が秋人が出ていった玄関を見つめて呟く。

「ああ」夏樹も同じように玄関を見つめる。

「どうしちゃったのかしらね」春香は嬉しそうに微笑む。

「さあな。あの飽き性の秋人がこんなにランニングを続けるなんてな」

「昔はなんでも投げやりな態度だったのに、最近は何でも前向きに捉えてくれるような気がするの」

「ああ。勉強も頑張ってるようだしな」

「一体、何があったのかしらね」

「さあな、あいつの中で何か変わることがあったんだろう」

春香と夏樹は微笑ましく玄関を見つめてる。

〜完〜


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