昆虫好きライトゲーマー虫虎の日記

ゲーム、昆虫、読書感想、子育て、文章書き、オナ禁、映画感想、人間関係、音楽、僕が考えていることを書いている雑記ブログ

答えの探し方は二通りある

【前置き】

どうも、虫虎です。何か問題が起こったとき、その解決策の導き方は大きく二通りに分けれるのではないかと思います。今回は、そのことについて語ってみます。宜しくお願いします。

 

【答えの二通りに導き方】

何か問題が起こったとき、解決策を見つける方法は、自分の内側から探すか、自分の外側から探すかの二通りに分けることができるかと僕は考えます。

 

自分の内側と対話することで見つける場合。

 

自分の外側の情報から見つける場合。

 

時と場合に合わせて、どちらかの導き方を上手く使い分けれると良いかと僕は考えます。

 

【自分の内側から答えを探す】

悩んではいるけど、実は、答えは自分の中でもう決まっていた。ということは、よくあることではないでしょうか。色んな選択肢がある中で、なんとなくだけど自分の中ではこれかなっていう答えがあるというのはよくあることかと思います。

 

そういうときは、静かな空間に自分の身を置いて考えてみるといいと僕は考えます。おすすめは、紙に書き出して自分の思考を整理しながら考えることです。髪に書き出すと自分の中の答えを導きやすいと思います。

 

思考を深めていって自分と対話する。自分の本音と向き合うことで答えを導き出すことができるのではないでしょうか。

 

そういう風に思考を巡らす時間が、自分の成長にも繋がっていくと僕は考えます。

 

【自分の外側から答えを探す】

自分の中に答えがなさそうなときは、外側に求めるといいかと思います。

 

人に聞くとか、ネットで調べるなど外部からの情報で答えを探す。

 

外部情報は溢れているので、取捨選択に気をつけなければならないです。

 

どの情報を自分の答えとして当てはめるかの判断力が必要になってくると僕は考えます。

 

情報を並べて自分で検証することも必要になる場合もあると思います。

 

外部から答えを導き出すときは、情報との付き合い方も大切になってくると僕は考えます。

 

【まとめ】

答えの導き方は、大きく分けると、自分の内側から探すと自分の外側から探すの二通りある。

 

問題に対して、どっちのアプローチをするのか見極めることと、それぞれの導き出し方に気をつけることが大事である。

 

内側から探す場合は、静かな空間で紙に書き出すといい。

 

外側から探す場合は、溢れる情報からいいものを引っ張り出す判断力が必要である。

 

今回は、そんなことを考えてみました。


f:id:mushitora:20211026211317j:image

オナ禁5周年(私事)

【前置き】

どうも、虫虎です。私事ですが、オナ禁継続5年になり、そして、6年目に突入しました。今回は、オナ禁継続5年を振り返って思うことを書いてみます。宜しくお願いします。

 

【オ○ニーから足を洗って5年】

オナ禁を決意してから13年位経ちました。

 

何度も何度も失敗と挫折と反省を繰り返して、やっとオ○ニーから解放されたのが5年前です。

 

思えば、オナ禁との付き合いも長くなりました。継続5年の節目ということで思うことを語ります。

 

オナ禁して良かったか】

その問いに対して僕は声を大にして「良かった」と言いたいですね。若いときにオナ禁の存在を知り、やってみようと思い至れて本当に良かったです。

 

オナ禁して、大事業を成し遂げれたとか、女子にモテモテで困っちゃうとか、大成功を収めたとかといったことはないのだけれども、それでもやっててよかったと思えます。

 

それは、微々たる変化かもしれないけど、確実に良い方向へ人生が流れていってると実感するからです。

 

しどろもどろすることもあるけど、人と話すとき、女性と話すとき、昔より堂々としていられるようになったし、オ○ニー習慣を止めることで生まれる時間と体力を筋トレやランニングや読書などの自己成長へ充てることができるようになったし、食べ過ぎちゃうこともあるけど、理性を働かせて食生活を改善したり、生活習慣を良くしたりできているようになってきていると感じます。

 

それはひとえにオナ禁の賜物だと僕は考えています。

 

オ○ニーという無意味な快楽と時間と体力を引き換えに、自己成長と生活改善に取り組んで少しずつだけど、人生がよくなっていると僕は感じています。

 

【もがいた8年と継続の5年】

僕はオナ禁決意して13年が経ちます。

 

失敗と反省と挫折の期間が8年と継続の期間が5年になります。

 

2つの時期にわけて考えたときに失敗続きの8年が精神的に成長した時期だなと感じます。もがいて、性欲に抗い続けて、失敗して、打ちのめされての繰り返しが成長に繋がったと僕は考えます。

 

継続の5年はこの失敗の8年の土台の上に成り立っていると感じます。この8年があるから、5年間オ○ニーしないでこれたと強く思います。

 

継続の5年は性欲に抗ってた時期より精神的に安定していて、成長も安定的なのかなと思います。性欲に感情が突き動かされることも減っていると感じます。

 

ただ性欲に負けて地獄に落ちるのは一瞬なのでこれからも油断はしないようにオナ禁継続に努めたいなと思います。

 

【まとめ】

オナ禁継続5年について思うことをつらつらと書いてみました。

 

ここまで読んでくださってありがとうございました。


f:id:mushitora:20211026051931j:image

槇原敬之さんの「どんなときも。」の歌詞に大切なことが沢山詰まってる

【前置き】

どうも、虫虎です。槇原敬之さんの楽曲「どんなときも。」がいい曲なので、感想をまとめてみます。宜しくお願いします。

【好きな歌詞①】

「僕が僕らしくあるために「好きなものは好き!」と言えるきもち抱きしめてたい」

(「どんなときも。」より)

この歌詞のように、自分らしくいるためには、自分の好きなことを知るのがいい思います。

 

自分の好きなものはなんだろうか。

 

心が動くものを探していく。好きな食べ物、好きな趣味、お気に入りの小物、感銘を受けた作品など心躍るものにアンテナを張っておく。

 

そうして、自分の好きなものを知っていくと、自分の軸が固まってくる。すると、歌詞のように、僕が僕らしくあれるのではないでしょうか。

 

好きなものを熱く語れるようになると、人生が虹色に輝き出すように僕は感じます。

 

【好きな歌詞②】

「迷い探し続ける日々が答えになること僕は知ってるから」

(「どんなときも。」より)

勇気づけられる歌詞ですね。

 

迷いもがき苦しんでいる時期は辛い。けど、その時期は決して辛いだけではなくて、自分の人生の糧になるものだと思います。

 

そう、僕は知ってるんですよね。辛いから逃げたくなるけど、乗り越えれた先には大切な何かがあること知ってるんですよね。

 

前向きに立ち向かっていかなければなと思わされますね。

 

【好きな歌詞③】

「゛昔はよかったね゛といつも口にしながら生きて行くのは本当に嫌だから」

(「どんなときも。」より)

過去を振り返りながら今を嘆くような生き方はしたくないですよね。

 

この歌詞を聞くと、折角の今、今しかない今、この瞬間が勿体無いと思えますね。

 

確かに昔の方がよく思えるかもしれない。それでも、今を大事に生きることの方が本当に大切なことなんだということが伝わってきますね。

 

【好きな歌詞④】

「そしていつか誰かを愛しその人を守れる強さを自分の力に変えて行けるように」

(「どんなときも。」より)

家族や友人を守れる強さって自分の力になりますよね。

 

愛する想いが自分を強くするって素敵だなと思わされますね。

 

親が子を守るように恋人を守るようにそういう強さって今後の人生に活きてきますね。

 

この歌詞は、そういう風に思わせてくれる力があると僕は感じます。

 

【素敵な表現が沢山盛り込まれている】

僕らしくあるためには自分の好きを知ろう。

 

苦しむ時期が人生を良くしていく。

 

過去ではなくて今をちゃんと生きよう。

 

人を愛することで自分が強くなる。

 

そういう大切な思いを「どんなときも」心に携えておくと、人生は素晴らしいものになると僕は思います。

 

【まとめ】

たまたまこの記事に辿り着いた方、今日、槇原敬之さんの「どんなときも。」を聴いてみては如何でしょうか。

コロナ禍の寂しい運動会に思うこと

【前置き】

どうも、虫虎です。コロナ禍で縮小した運動会に参加した感想をつらつらを書き連ねていきます。宜しくお願いします。

 

【寂しい運動会】

コロナ禍の影響で、どこの幼稚園、学校でも運動会は縮小しているのではないでしょうか。

 

時間短縮、観覧者の人数制限、学年で区切って開催など色んな措置がとられると思われます。

 

僕が子どもの頃の運動会、いえ、数年前までの運動会もそうであったと思いますが、両親に加えて、おじいちゃん、おばあちゃんも見に来て、全学年が一斉に運動会していたときのことを思い返すと、やっぱり寂しく感じますね。

 

コロナがおさまり、昔のように大規模な運動会ができるのが理想ではあるけれども、寂しい運動会にもそれなりに良いところもあったのかなとも感じました。

 

【寂しい運動会のいいところ】

寂しい運動会のいいところは何でしょうか。

 

朝一番場所取りがないこと、お弁当を作らなくていいこと、待ち時間が少なくて一番見たいところ(自分の子どもの出番)だけを見れるといった準備や観覧が楽という面があるかと僕は感じました。

 

それから、熱中症やコロナ感染のリスクを減らせることもそうですね。

 

寂しい運動会には、準備が楽や体の負担が少ないという面はありますね。

 

【やっぱり大規模運動会がいい】

寂しい運動会には、それなりにいいところもあるし、必要なことでもあるけれども、やっぱり、皆で運動会ができるといいなと思います。

 

大規模運動会をするために何ができるかといえば、「しっかり感染症対策をする」に尽きると思います。

 

今一度、コロナ対策を頑張ろうという結論に至りました。

 

【まとめ】

寂しい運動会について思うことをつらつらとまとめてみました。

 

ここまで読んでくださってありがとうございました。


f:id:mushitora:20211024084118j:image

自分のことより他者のことを純粋に考えれると素敵な人生になる

【前置き】

どうも、虫虎です。自分のことより他者を優先する。自己犠牲だと感じずに他者貢献をする。難しいことだけど、純粋な気持ちでそれができれば人生は素敵になると感じた出来事があったのでまとめてみます。宜しくお願いします。

 

【誕生日プレゼント】

次女の誕生日の少し前のことです。

 

誕生日何が欲しいのって聞くとゲームの「マインクラフト」が欲しいと次女は答えました。

 

(あれ?マインクラフト欲しいなんて言ったことあったっけ?)

 

僕は不思議に思いました。


「マインクラフト欲しいの?」

 

そこで、僕は聞き返してみました。

 

「お姉ちゃんが欲しいって言ってたから、買ってもらって一緒に遊ぶの」

 

そう、お姉ちゃんは学校の友達が「マインクラフト」で遊んでるのが気になってて欲しいと何度か言ってました。

 

(お姉ちゃんのために言ったんだ)

 

それを聞いて僕は凄く純粋な心だなと感動しました。

 

たまたま欲しいものが思いつかなかっただけかもしれないけど、自分の誕生日に姉の欲しいものを言うなんて大人の自分の発想には全くありませんでした。

 

おばあちゃんがその「マインクラフト」の話を聞いて、次女を玩具屋さんに連れて行ってくれて次女が欲しいものを探してプレゼントしてくれました。

 

その純粋な心が自分の玩具と「マインクラフト」という沢山のプレゼントを得る結果を引き起こしました。

 

【純粋な気持ちで他者貢献すると何かが返ってきやすい】

なかなか真似できないことだけど、今回の次女のように他者に純粋な気持ちで貢献しようとする態度を見ると、親としては何かしてあげたくなってしまいます。

 

なかなか大人は周りの状況や自分の状態を考えてしまって、他者貢献に対して純粋な心を持つことはできにくいと感じるので、次女のように見返りを求めずに純粋な気持ちで他人の喜ぶことをするのって美しいなと感じました。

 

【他者貢献に喜びを見い出す】

他者の役に立つことをしたとき、その他者の笑顔を自分の喜びとして受け取れるようになれば幸せだろうと感じました。たとえ、その行為が他者の役に立っているか見えにくい場合であっても喜びを捉えれたら人生は輝きを増すように思えます。

 

なかなか難しいことだけど、次女から純粋な気持ちで他者が喜ぶことをするという美しさを学ばせてもらいました。

 

【まとめ】

やっぱり、まだ次女には「マインクラフト」は難しくってできないけど、覚えていったら、一緒に遊びたいな思いました。

他者がわたしになにをしてくれるかではなく、わたしが他者になにをできるかを考え、実践していきたい

(「嫌われる勇気」より)

コラム「男女の友情は成立するのか」

【男女の友情は成立するのか】

今回は、男女の友情は成立するのかというお題から思うままに書いていきます。

 

男と女が恋愛感情を抜きにして、親友と呼べる存在になれるのか。

 

僕は総数は少ないけど、成立すると思います。

 

例えば、同性に恋心を抱く人同士なら友情を築けるのではないでしょうか。男の子に恋心を抱く男性と女の子に恋心を抱く女性なら親友となれるのではないかということです。勿論、相性もあるので必ずしもなれるわけではありませんが。昔と比べると、現在は恋愛も多様化、色んな価値観が認められつつあり、男と女が友情を築くことはより可能になりつつあると僕は考えます。

 

それからですね、長年連れ添った夫婦も恋人というより親友と定義した方がしっくりくるというような関係性もあるかと思います。

 

いつまでも情熱を持ってお互いがお互いを求め合う関係性から、情熱は薄れつつも一緒にいると安心できる関係性に変容していく場合も多いのではないかと思います。

 

その為には、長い年月をかけて辛いこと、楽しいこと、嫌なこと、嬉しいことを共有して二人で味わい尽くして思い出を積み重ねていかなければならないと僕は考えます。

 

夫婦といえど価値観は違うわけで、それを噛み合わせようと何度もぶつけることを繰り返すうちに互いに削れていってしっくりと噛み合うようになる。夫婦で向かい合って、相手の価値観を削ったり、自分の価値観を削ったりして、凸と凹を噛み合わせていく。

 

そういう風に関係性を築けていけたらいいなと思います。

 

何十年と一緒にいたけど、実はずっと嫌で我慢してきましたみたいになるのは嫌ではありませんか。

 

夫婦で親友のような関係性を築くのはなかなか難しいことだとは思います。「空気のような」は言いすぎかもしれないけど、一緒にいて居心地は全く悪くないんだけど絶対に必要な存在、なくてはならない存在にお互いがなれると素敵だなと思います。

 

男の女の友情を作るのは難しい。友情を作る方法として、何十年も夫婦として苦楽を共にして絆を築き上げていくことで男の女の友情を作り上げていくことができるのかもしれない。僕はふと、そう思いました。

 

僕も何十年後にどうなっているか、ですね。

 

何十年後に妻と友情関係を築きたい。長い年月をかけてしか作れないような絆を持てるように毎日を丁寧に過ごしていかなければならないなと思います。


f:id:mushitora:20211022154726j:image

仕事に関して思うこと〜嫌なことがあったとき、どれだけ気にしないでいられるかが大事〜

【前置き】

どうも、虫虎です。嫌なことがあったとき、思い悩まないように気をつけた方が人生がよりよくなりますよという話をしてみます。宜しくお願いします。

 

【職場では嫌なことに遭遇しやすい】

職場に様々な価値観の人がいるかと思います。

 

自分と気の合う人もいれば、相性が合わなくて絶対プライベートでは関わることはないだろうなって人もいるものでしょう。中には仕事上の会話すらも億劫に感じてしまう人だっているかもしれないです。

 

そんな職場では、嫌なこと、イラッとすること、モヤッとすることにも出くわしやすいと考えられます。それは、避けにくいことであると思います。

 

【嫌なことは引きずりやすい】

職場で嫌なことに出くわしたとき、それをプライベートの時間まで持ち帰ってしまい、頭の中でぐるぐると考え込んでしまう。よくあることではないでしょうか。

 

例えば、金曜日に職場の人に傷つくことを言われたとします。モヤモヤしたまま家に帰って土日を迎える。なんだか休みの間も金曜日のことが頭をよぎってしまい、楽しめない。とても勿体無いですね。

 

僕自身、プライベート中に一瞬でも頭の中に仕事での嫌なことが回想されてしまうと憂鬱になってしまいます。

 

【気にしないことが大事】

そんなとき、如何に気にしないでいられるかが鍵となると僕は感じます。

 

土日に仕事のことを気にしたってどうしようもないことが多いです。

 

どうしようもないことを考えてモヤモヤするのは精神と時間が勿体無いですよね。

 

だから、気にしないことがとても大事であると僕は考えます。

 

【気にしない方法】

気にするなとはいえ、気にしてしまうのが嫌なことではないかと思います。分かります。

 

だから、何度も書きますが、如何に気にしないでいられるかが大事となってきます。

 

そこで、気にしないための方法として「嫌なことを紙に書き出してみる」を推奨します。

 

嫌な出来事を紙に書き出してみて、気持ちを整理したり、今後の対応をまとめてみます。

 

月曜日からはこういう心持ちで臨もう、あの人とは距離を取ろう、あの人に会ったら謝っとこう、こんな代替案を提示してみよう。

 

そんな風にできることを書き出したり、気持ちを落ち着けて、後は何もやることがない状態にしたら、もう考えない。気にしない。

 

今、どうしようもないことは気にしない。そして、土日を楽しむことが大事になってくると思います。

 

【まとめ】

仕事では嫌なことに遭遇しやすい。嫌なことは頭を整理しとかないとぐだぐだとずっと考え続けてしまう。だから、紙に書き出してみて状況を整理する。整理したら、気にしないようにすることが大事であるという話でした。

「自分は書くことで、記録することで、成長してきたんだな」とつくづく思うのです。

(「働く君に贈る25の言葉」より)