【告白】
夏休みも下旬の頃の話。
「おはよう」
「おはよう、あー中に入るとやっぱり涼しいなー」
そう言いながら益田くんはいつもの席に腰を降ろした。もう七度目の勉強会だった。
あの日以来、私達は都合を合わせて勉強会を開いている。
いつものように勉強をひとしきり終えてからの帰り道の事だった。益田くんの様子がいつもと違うように感じた。いつもならよく喋ってくれるのに、私が話しかけてもぽつぽつとしか返答してくれなかった。
(どうしたんだろう?)
(私、何かしてしまったのかな?)
私にそんな不安感がじわじわ迫ってきた時に、彼が突然口を開いた。
「小野さん、僕と付き合ってくれませんか?」
(へっ………?!)
私の頭は彼の言葉を理解することができなかった。私が何も言えずに固まっていると彼が続けた。
「返事待ってる」
そう言って彼は駆け出していった。
私は彼の背中をただただ茫然と見つめていた。
時刻は夕方だけど、まだ昼間みたいに明るくて暑かった。
【送信ボタン】
あれから、あの明るかった空は夕闇に覆われていた。
(益田くんに告白された)
私の脳内は壊れた音声テープのようにこの言葉を心の中で繰り返していた。
けれども、何度繰り返し唱えても府に落ちてこない。そして、ずっと考えていると分からなくなる。
(私って本当に告白されたのかな)
夢のような出来事に思えてしまって現実だったのか分からなくなる。
(いや、確かに告白された筈だ)
その時の事を回想すると、赤面してしまう。もう、何度目の赤面だろうか。
(益田くん、返事待ってるかなぁ)
答えは決まっているのにね。
こんな地味な私に務まるのかな。私のどこがいいんだろうか。
ずっと考えていると、いつの間にか街は静まっていた。
益田くん宛のLINE画面を開いたまま、動かぬ石像と化していた私は封印が少しずつ解かれていくかのように震える指先を送信ボタンに当てた。
「私でよければ宜しくお願いします」
これが私が5時間以上かけて考えに考え抜いた文章だった。
私の心臓は高鳴り、今にも出てきそうだった。
(あっ既読になった)
次の瞬間、着信が来た。私は慌てふためきながら電話に出た。
「もしもし…」
私の声は驚く程、震えていた。
「小野さん、ありがとう」
「こちらこそ私なんかでよければ……」
「いや、小野さんがいいんだ」
「うん……」
「あのさ、明日の夜に夏祭りやっているところがあるから一緒に行かない?」
「うん、是非行きたい」
「そっかー、良かった」
「じゃあ、集まる場所は……」
………。
「それじゃあ、明日楽しみにしてるよ」
「うん、私も。ありがとう」
通話が終わり再び静寂が訪れた。私はさっきの会話を反芻しながら、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
次第に幸福感に包まれていった。
あー夢のようだ。
カーテンを開けてみると、空はもう白み始めていた。
【この街の静けさが好き】
「お待たせ、早いね」
益田くんが来た。夢じゃなかったんだ。
「うん、こんばんわ」
まだ集合時間の30分前だった。
「行こうか」
周りは夏の終わりを感じさせない賑わいだった。
「私、お祭りって凄く久しぶりなんだ」
「へぇーそんなんだ」
彼とのお祭りデートは凄く楽しかった。輪投げや射的で遊んで、焼きそばやかき氷を食べた。
この時間が永遠に続いて欲しい。私は心の底からそう思った。
私達は一通りお祭りを満喫し、近くの公園のベンチで休むことにした。人がまばらで、もう秋の小さな音楽隊たちが各々好きなように鳴き声を奏でていた。
私達は時間を忘れてずっと喋っていた。楽しい彼とのお祭りの余韻、夏の夜の涼しい風、人気の少なさ、彼の安心感、私にはどれも心地好かった。
「この街の静けさが好きなんだよね」
益田くんが不意にしんみりとした口調で語った。
「何もないけど、人間関係のことから離れられる事のできるこの街の静けさが好きなんだ」
「益田くんでもそんなことと思ったりするんだ」
意外だった。友達が多くて、皆から好かれている人でもそんなことを考えるんだ。
「そう?俺、結構気い遣いなところあるんだよ」
彼が笑顔で言いながら、続けた。
「でも、小野さんといると、ありのままの自分が出せるんだ」
「えっ嬉しいな」
私は思わず思ったことを口に出してしまった。
「これからもそんな俺の事を宜しくお願いします」
彼は照れ臭そうにそう言った。