【賑やかな街からの帰省】
夏休みになると、彼はこの街に帰ってきた。
私が想像していた通り彼は変わっていた。
「髪染めたんだ」
彼の髪色は茶色になっていた。
「うん、染めてみたんだ」
「裕子、最近元気なかったよね?」
彼は真っ直ぐな瞳を向けてきた。変わらないところもあるんだね。彼に見つめられると、なんだか守られているような安心感がある。
「なんか置いてかれちゃったなと思って」
この言葉を口にした瞬間、私の中から何かが込み上げてきて、どうしようもなくなってしまった。ダムが崩壊したかのように、涙がぽろぽろ溢れ出してきた。
彼は黙って抱き締めてくれた。
暖かかった。
「比べちゃって………辛くて………」
「ごめん、辛い思いをさせて」
「私が悪いだけなの。勇気がなくて、守られてるだけで、求めてるだけで、行動しないから」
「ごめん」
彼は悲しそうな顔をした。
終わりだ。瞬間、そう感じた。いや、気づいていた。終わっていたって。
どうしてだろう。やりたいことがあったわけでもないのに、ついていかなかったんだろう。
私は優しい彼に甘えてばかりで何も考えなかったんだ。
この街の静かなところが好きだったんだよね。
彼はあの列車に乗って帰っていった。
【錆びた列車】
あれから四年の歳月が経った。彼とはあの日以来会っていない。
私は買い物へ行こうといつもの駅に来ていた。今日は雲一つない青空が広がっている。
この駅に来ると、あの日列車に乗って去っていった彼の事を思い出す。
何も持っていなかった私の充実した高校時代、彼との思い出をなんとなく思い返してみる。
このレールの先のどこかに彼はいる。
私の体も運んで欲しかった。今でもそう思っている自分がいる。
いつもの錆びれた列車が来た。不意に私は何か懐かしさを感じた。
次の瞬間、私の心臓が高鳴った。
彼が乗っていた。
「あっ久しぶり」
彼も驚いた顔をしている。
「あっうん」
私も凄く驚いた顔をしてたと思う。
「電車、乗るんだね?」
彼は私に聞いた。駅員が私の事を見ていた。
「あっ、うん、そう」
私は反射的に電車に乗ろうとしたけど、立ち止まった。
「あの、ちょっと話さないかな?」
【再開】
私達は錆びれた駅のベンチに腰を下ろした。
私は彼を呼び止めたことを少し後悔し始めた。何を話せばいいのだろう。
彼は大学一年生の時に会った茶色い髪色から変わって黒色に戻っていた。
そして、凄く大人びて見えた。
「久しぶりだね、元気にしてた?」
彼は懐かしさを感じてるのか染々とした口調で話した。
「うん、元気だったよ。大樹くんは?」
彼の名前を久しぶりに発したら緊張した。
「うん、元気だよ、四月からは就職?」
「ううん、大学院に行くことにしたの」
「へぇー、やっぱり裕子は凄いなぁ、頭良かったもんなぁ」
「大樹くんは?」
「俺は東京で就職するよ」
私達はそれぞれの近況を報告し合った。彼との久しぶりの会話は楽しかった。
彼は急に何か言おうかと迷った表情をしたけど、続けた。
「社会人の生活が落ち着いたら結婚することになるんだ」
「えっ結婚するんだ………」
私の体に電気が通った。
「そうなんだ、おめでとうね」
「うん、ありがとう」
「あっ列車来たね」
ちょうど、一時間に一本ずつしか来ない列車がやって来た。
「じゃあ、私行くね、ごめんね、呼び止めたりして」
「いや、嬉しかった。ありがとう」
列車の窓の景色に目をやると、春の陽光を浴びている田畑があった。
【さあ、行こう】
彼との再開以来、私は色々なことを考えた。
彼はあの賑やかな街で一生懸命頑張って成長したんだ。
私はどうだったかな。
大学生活を人間関係、勉強、サークル活動、就職活動、あれ以来それなりに頑張ってたとは思う。
けど、心にずっと何か穴が空いていたような気がする。その穴を覗かないようにしていたんだと思う。彼と再開して、その穴を覗いてみると、ちょっとは代わりの何かが埋まっていきていたのかなって感じることができた。
勿論、穴がすべて塞がったいるわけではないけれども。
この錆びれた街で来るはずもない彼を心のどこかでずっと待っていたのかもしれない。
あのレールの向こうにいる彼にずっと想いをずっと寄せていたのかもしれない。
うん、そろそろ前を向かないとね。
私も私の人生をちゃんと考えて歩まないとね。
駅のホームには柔らかな暖かい風が吹いた。