【僕⑩~冷蔵庫ダッシュ~】
あうちゃんは食いしん坊だ。食べっぷりが愛しい。キャットフードを通常のご飯にして、それに鰹節を振りかけたり、猫缶やカニかま、そして、僕たちが食べる魚介類全般も好きだ。お刺身を食べているときなんかをずっとすり寄ってくるのが可愛らしい。
そして、僕たちが名付けた「冷蔵庫ダッシュ」が可愛らしいんだ。
誰かが冷蔵庫の扉を開けると、その音を聞きつけて近寄ってきて「あう」と鳴きながらすり寄ってくる。
なんか頂戴っていうアピールだ。
その行動が可愛くって、ついつい冷蔵庫のカニかまを与えてしまっちゃうんだよね。
【正雄⑧~あうぱんち~】
あうちゃんの定位置は私の膝の上だ。膝の上にいるあうちゃんの首や背中を撫でていると喉をごろごろと音をたてて鳴らしながら気持ち良さそうな顔をする。そんなあうちゃんも触られるのが嫌なところもある。
尻尾だ。尻尾を触っていると、だんだん野性的な目つきになってくる。獲物を狙う動物が如くに。
そして、必殺技「あうぱんち」が炸裂する。
鋭利な爪を持つあうちゃんのぱんちは威力抜群だ。喰らうと顔に傷がついてしまう。なんだろうな。分かってはいるんだけど、時々、尻尾を触ってしまう。可愛いからおちょくってしまいたくなるのだ。そんな時は最後には痛い目にあうのだが、触りたくなってしまう。
私が動物をおちょくったりするなんてな。
正雄は自分の新たな一面を発見したような気分だった。
【僕⑪~あう脱走~】
あうちゃんがうちの家族になってから数ヵ月が経ったある日のこと。初めてのそれは僕が学校から帰ってきた時に起こった。僕が玄関の扉を開けると、そこにあうちゃんが待ち構えていた。僕が驚いて一瞬固まってしまった隙を見逃すまいとしてあうちゃんは外へ出ていってしまった。
(えっ………)
僕は呆然としていたが、次第に事の重大さを認識し始めて顔から血の気が引いてきた。次の瞬間、僕は家の中にいるであろうお母さんに叫んだ。
「あうちゃんが出てった!」
そして、弾き出されるように外へ飛び出した。辺りを見回しても姿が見えない。
(どうしよう………)
数秒後、お母さんが出てきた。
「あうちゃん、出てったの?」
「玄関の扉を開けたら飛び出していっちゃったんだ、ごめん」
僕は泣き出しそうになった。必死になって探した。あうちゃんが出ていった事実を振り払うように探し回った。
(なんで出ていっちゃったんだよぉ)
(………いない)
「お母さんいた?」
「いないわ」
「ごめんなさい」
「あなたが悪い訳じゃないわ」
「うちが嫌になっちゃったのかな」
「そんなことないわよ。お腹が空いたらそのうち戻ってくるわよ、もう、うちに入りましょう」
そうは言ってくれていたけど、母の不安を痛い程に僕は感じ取ってしまっていた。僕は後悔の念に苛まれた。あの時、すぐに玄関の扉を閉めていればこんなことにはならなかったのにと…………。
僕が肩を落として、リビングに座ると同時に聞き慣れた鳴き声が耳に飛び込んできた。
「えっ?」
僕が辺りを見渡すと、庭からあうちゃんがこちらの様子を伺っていた。
「あうちゃん!!」
僕が急いで玄関の扉を開けると、そこにはもうあうちゃんが待っていた。そして、何事もなかったのように素早い効率的な動きで家の中へ入っていった。
「お母さん、あうちゃんが戻ってきた!」
「ええ、良かったわ」
僕は安堵した。嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「こーら、あうちゃん、何処行ってたんだよぅ」
僕はあうちゃんの身体を持ち上げて抱き締めた。
「心配かけないでよぅ」
「きっと構って欲しかったのよね。だから、外に出ていって私達をおちょくったのよ」
お母さんが自分で納得したように言った。
そうなのかな。でも、もう何処へも行かないでよ。あうちゃんは僕達の大切な家族なんだから。しかし、それからも僕たちが忘れた頃、気を抜いた頃に隙をついて脱走を何度もした。僕達を心配させて楽しんでいるようだった。
でも、後になって考えてみると、あうちゃんの脱走がある度に、家族の繋がりだったり、絆だったり、そういう忘れかけてしまいがちな大切なものを僕達に確認させてくれていたのかもしれないなぁと思うのだった。