ブログで発信しても無反応の肯定的側面を考えてみる

【前置き】

どうも、虫虎です。定期的にブログのことを考えてみるシリーズということで、今回は、ブログで発信しても誰も読んでくれないなら発信する意味ないじゃんと思ってしまうけど、実は「発信しても無反応である」という経験ができるという話をしてみます。宜しくお願いします。

 

 

【現状】

現在、このブログの記事数は500記事くらいになりました。いつも月間200~400pvくらいの過疎ブログ村ですが、先月は月間900pvまで急に増えてちょっと嬉しかったです。分析ツールは入れてないから正確なことは分からないけど、沢山書いたオナ禁記事が読まれてるのかなぁと考えています。でも、まだまだ過疎ブログ村なことには変わりないです。精進しなければなりません。

 

それでも始めた当初の頃の「一日のpv数が0」になることはなくて無反応な時期は何とか脱したのかなとも思っています。そこで、無反応な時期もいい経験だったなと感じたのでまとめてみることにました。

 

 

【精神が鍛えられる】

ブログを毎日書いてるのに、はてなブログアクセス解析が0っていうのは結構精神的に辛いものです。今、ブログを投稿してても思うことだけど、自分は不毛なことをしてるのではないか、時間を無駄にしてるのではないかという思考に苛まれてしまいます。それでもなお、書き続けることで精神が鍛えられると僕は考えます。修行僧が己を鍛えるために修行に励むように、反応のないブログに記事を書き続ける行為もある意味では修行になるのではないかと思います。

 

 

【読んでもらえる有り難み】

初めからPV数が稼げてたら思えないことかもしれないです。0の日々があるからこそ、1とか2のアクセスがあるだけでも有り難みを感じることができます。無限にある情報の中でこんな過疎地に足を踏み入れてくれたことに感謝の気持ちを抱く。アクセスが少しでもあることに有り難いと感じて感謝することができます。

 

 

【上手くいかないことを知る】

僕はブログを始めたときは、アクセスが全くないことなんて想像していなかったです。人気ブロガーになれるとは思ってなかったけど、それでも誰かが読んでくれるものだと普通に思っていました。けど、現実は違った。僕を待ち受けていた現実はアクセス解析0の毎日でした。そこで、やっと気づきました。ちょっと発信したり、日記やポエムみたいなことを書いてても誰も読んでくれないんだなぁ、と。そんな世の中上手くいくわけないんだという経験をしました。

 

 

【試行錯誤する】

では、どうやったら誰かに読まれるブログ村になるのかっていうことを考えるようになります。読みやすさや題材の選定や世の中のニーズだったりを考えるようになります。そういう試行錯誤が自分の経験になるんじゃないかと僕は考えます。色々考えても僕は結果を出せてはいませんが、これから頑張ります。

 

 

【無反応でも経験になる】

ブログで反応なくても、続けることでそれなりには自分の経験値も貯まっていくのかなと僕は考えます。

 

無反応を経験できることで、精神を鍛えれたり、読んでもらえる有り難みを知ったり、世の中上手くいかないことを学んだり、上手く行く方法を模索する機会に恵まれたりと、肯定的な側面もあるのではないかと僕は考えます。

 

 

【まとめ】

ブログでの無反応は辛いけど、それも自分の糧になっていくと考え直してみて、頑張ろうと思いました。

マイナス面があったときに、大切なのは「あれをやっておけばよかった」ではなく、「今日からはこうしよう」という肯定的な側面を書き、宣言することなのだ。そのとき大切なのが、肯定的な具体案を明記することである

(「日記の魔術」より)