ランニング好きライトゲーマー虫虎(小説家志望)の日記

ゲーム、ランニング、文章書き、読書、昆虫、子育て、オナ禁、映画、人間関係、音楽、僕が考えていることなどを書いている雑記ブログ

コラム「飲み会で喋るのが苦手です」

【飲み会で喋るのが苦手です】

お酒の力を借りて皆のテンションが何割か増しで繰り広げられるトークの戦場、「飲み会」が僕は超苦手です。

 

戦場での銃撃戦に入り込めないんです。皆が、マシンガンで連射したり、ランチャーで大爆発起こしたりする中で、僕の装備は輪ゴムで作ったパチンコのようです。パチンコ玉で参戦しようと戦場に飛び込むけど、玉を放つ隙すら見つけられないことがほとんどです。放てたとしても大した威力はないです。そんなときは、集団の中にいるはずなのに強烈な孤独感を感じてしまいます。

 

話を聞きながらちびちびお酒を飲んだり、肉を焼いたりすることしか僕にはできません。だったら、戦場に行かなきゃいいんだけど、社会人には強制参加イベントもあるわけです。

 

僕は普段から口数多くないし、いじりや悪口なども好きではないし、ボケとツッコミのキレも鈍いです。

 

飲み会という戦場で銃撃乱射を繰り広げるトーク力のある、所謂、リア充といった人種の人をこのときに僕は強く尊敬します。性格上、僕には逆立ちしたってできないことだからか、憧れます。こんなふうに喋れたら気持ちいいだろうなーといつも羨ましく思っています。

 

しかし、そこを目指して努力しようとは思わないようにしてます。

 

昔は、飲み会で全く喋れない自分に自己嫌悪を覚えていました。しかし、最近はコロナウイルスの影響で飲み会自体が少ないし、基本的には避けるようにしてるし、何より喋れない自分を受け入れようと思うようにしています。

 

僕の性質からリア充になることは無理だし、そこを目指すということは自分に無理して嘘をつくことになります。

 

だから、できることといったら自分なりの話し方を磨いて自分なりの価値観をちゃんと持って喋るように努めることかなと思っています。少しでも趣味や経験の引き出しを増やしたり、トーク番組で自分の参考にできそうな人を研究したり、ぼそぼそ喋らないように気をつけたりと、自分なりにできることをするしかないのかなと思うようになっています。

 

別に飲み会で喋れなくたっていいじゃないか。それが自分なんだし、喋れない人は喋れない人の長所もあるはずだと考えています。

 

例えば、会話で相手を不快にさせることが少ないとか、同じ喋れない人を安心させるとか、肉を絶妙な焼き加減で提供できるとか、喋る人が気持ちよく喋れるとか、いいこともあると思うようにしています。

 

物事には一長一短あるので、飲み会で喋れない自分を受け入れてあげることが大事かと僕は考えています。