「どんどん寒くなるなぁ」
季節は冬の12月。世間はクリスマス前の浮わついた雰囲気を感じる。私はアパートの階段を降りるとすぐに走り出した。
私がランニングを始めてからちょうど一月が経過した。始めた頃は筋肉痛が辛かったが、走る筋肉がついたのか、それもなくなった。
コースも決まり、私は人通りの少ない街灯の付いている街路樹通りをひたすらに真っ直ぐ走るようになっていた。そして、自分で決めている電信柱まで辿り着くと折り返すようにしている。距離にして6~7㎞だろう。
私が何故同じコースを走っているのか。しかも同じ夜七時にだ。
始めこそは真っ直ぐの方が走りやすいからだったが今は全く違う理由で走っている。
あの人が来るからだ。
(あっきた!)
黒のキャップにグレーにホワイトの線の入ったお洒落なウインドブレーカーを着こなしているすらりと背の高い女性が向かってきている。
私は澄ました顔をしてスピードを上げる。お姉さんが近づいてくる。お姉さんは目線を合わして会釈して通り過ぎていく。私はスピードを速めたまま平静を装って会釈し返す。
「はぁ…はぁ…」
私はスピードを緩めた。
そう、あのお姉さんとこのコースで何度もすれ違う度に顔を覚えてもらい会釈してもらえる仲になったのだ。女っ気のないキャンパスライフを送っている私にとってはただの会釈ではないのだった。毎日ランニングを続ける不純な動機になっていたのだ。
そして、折り返して家路へ向かう時には彼女はいない。きっと別のコースを走っているのだろう。
(今日も会えた)
私はささやかな幸福感と共に家路へ向かった。
翌日。
「よし、そろそろ行くか」
僕は夜七時にアパートを出た。
「ひぃ寒い」
(あの人、よくこんな寒いのによく走ってるなぁ)
僕は走り始めた。
「はぁ…はぁ…」
だんだん体が温まってきた。温まってくると、夜風が気持ちよく感じる。この温まりがあることを知っているから、最初寒くてもなんとか走れるのだ。
僕は気持ちよく走る。
急に視線が空を仰いだ。
(えっ?)
次の瞬間、足首に痛みが訪れた。
「痛って」
僕は足を挫いてしまって視界が空を向いたようだった。
「痛てててて」
僕は立ち止まった。
(やってしまった………)
「大丈夫ですか?」
「へっ?」
私が足首から顔を上げると、そこにあのお姉さんの顔があった。
「あっはいっ」
突然のことに僕は赤面してしまった。
「挫いちゃったかな?痛いでしょう?」
「はい」
「ちょっと見せてみて」
そう言うとお姉さんはしゃがみこんだ。僕は言われるままにジャージを上げて足首を見せた。
「んー、まだ腫れてないけどこれから腫れるかもねぇ」
「今日は走るの止めて冷やした方がいいよ」
「はい、分かりました、ありがとうございます」
「それじゃあ、お大事にね」
そう言うと、お姉さんは走り去っていった。私は間抜けな顔をしてお姉さんの背中を見送った。
夜空は満点の星空だった。
すぐに治してまた走りたい。僕は強くそう思った。